離婚後は、人生初の一人暮らしをすることになりました。

 

憧れだった一人暮らし


私は学生時代も、その後就職してからも、自宅からの通学・通勤でした。

実家は裕福でもなく、部屋も個室などありません。

6畳間をタンスで仕切ったスペースが自分の居場所でした。


そんな環境下で親(特に母親)の支配・束縛による衝突が多く、早く家を出ていきたい、一人暮らししたい、とばかり考えていたものです。

ですが、それを叶えるのに自分の財力だけでは無理という現状もあり…

結果として、二人なら何とかなる、ということで “結婚”の道を選ぶことで実家を出ました。

そりゃあ、当時は付き合っていた相手と一緒にいたいから結婚したかった、というのが一番の理由でしたけど、根底にそうした親子の確執を抱えていたことも大きかったのではないかと思っています。

なので、離婚するまで、一人暮らしというものを体験したことがありませんでした。

 

一人暮らしスタート


子供達も各人一人暮らしとなり、皆がそれぞれの生活をスタートさせました。

子供達がちゃんと暮らせているのかという心配は片隅にあったものの、近隣に住んでいたことでそれなりの安心感はありました。

私自身は自分のペースで生活できるので、気持ち的にはラクでしたね。

それまでウチで飼っていた猫も、最終的に私が引き取ったため、一人と一匹なので淋しさも余り感じなかったように思います。

暮らした部屋は、ちんまりとしたワンルーム+ユニットバス。

キッチンはワンドア冷蔵庫が付いていて、IHコンロが一つとシンク、という簡易的なもの。


運び込んだものはこんな感じです。

 

POINT


【家から持ってきたもの】

● タンス二組
(結婚時に自分の親が買ってくれたもの。部屋にクローゼット等の収納がなかったので)

● 棚やカラーボックス

● 布団

● ノートパソコン

● 炊飯器

● 茶碗やコップ、ちょっとしたキッチン用具

● 洋服・靴類

●ドライヤーや鏡など整容・洗面小物

● 猫用品(キャットタワー・猫トイレ他)

● その他 雑貨、本 など


【新たに購入したもの】

■ 洗濯機(容量5kg)

■ 電子レンジ(ターンテーブルの安いやつ)

■ 浴用小物(シャワーカーテン等)

■ 部屋用カーテン(レースと普通の)

■ ケトルとフライパン

■ その他、足りない小物等 適宜

 

…大まかに挙げればこんな感じでしょうか。

この時は元の家の固定電話契約をスライドさせましたので、そちらの回線でパソコンでネットする環境も整えました。

家電とかはネットで安いの探したり、小物は100均とか、コスパ重視で。
最低限、このくらい揃えられれば暮らしていくには十分ではないか、と思いますね。

 

住んでみてから感じたこと


最初のうちは余り不便さは感じなかったです。

とは言え…

冬場、シャワーだけだと寒いので、たまにお湯を張ったりもしましたが、ユニットだと洗い場がないので、バスタブの中で全て行わなければならないのがちょっと面倒でした。

あとは、洗濯機が外だったので、水道が凍結して 洗濯できなかったりしたことも…。

キッチンは調理をするにはスペースが無く、お湯を沸かしたり、せいぜい一品作る程度。後はご飯炊いて、レンチン料理で済ますことが多かったように思います。

付属のワンドア冷蔵庫、冷凍機能が全然ダメなんですよね。
だから、冷凍食品とかを買ったりしておくこともできませんでした。

安い物件だと仕方ないですけど、ホントに寝に帰るくらい、みたいな感じの人用なんだろうな、と。

インスタント食品や弁当、外食中心の人はいいんでしょうけど、自炊とかする人にはちょっと不向きだなぁ、と思いました。

いや、自炊とまではいかなくても、飲み物や冷凍品をストックするのに、2ドア冷蔵庫くらいは欲しい所ですね。
実際、子供達はその後、自ら転居をした際に、それぞれ冷蔵庫買ってましたし。

それでも、当時は私もそこまで色々やろうという気力があったわけでもないので、不便さも許容範囲といった感じで、自分だけの城ができたことの嬉しさの方が勝っていたと思います。

それまで使ったことのなかった “ピンク色”のケトルやフライパンを買った時などはテンション上がりましたもの(笑)

ずっと男所代だったこともあり、なんか、こう、“ 女性らしい部屋 ”という雰囲気にすることが凄く楽しかったですね。

 

うつ病を抱えての一人暮らし


ただ、うつ病の症状は良くなったわけではなく、自分の人生に対しては

「どーでもいいや」 という感覚のままでした。

とりあえずなんとか仕事して、子供達を社会に送り出すまでは生きていよう、くらいの感じで、その後のことまで考える気力すらなかったです。


「どーせ、この先の人生何もないだろう。いつ消えてしまおうか…それとも尼さんにでもなろーか…」

とか、世俗的な所から離れることばかり思いを巡らせていました。


ストレスの元(元ダンナ)からは解放されていたので、希死念慮は落ち着いてはいましたが、気持ちがダダ下がりになる時はしんどかったですね。

体調も、食欲も、落ちたままで、仕事場では 「うつ病」を隠して平常を装う生活は変わりませんでしたから。

(あ、離婚したことは会社にも告げましたけど)


そんなウダウダした日々の中、人生の転機が訪れることになるとは、その頃の私には想像もつきませんでした。