いよいよ「うつノート」も終わりに近づいてきました。


うつ病を発症してからほぼ一年近く綴ってきていたものですが、このノートには空白のページが時折混ざっています。

それは、後で書こうと思いながらも書けなかったページです。

なので、本当は空白の所でも何か重要な事があった筈なのですが、今となっては殆ど思い出せません。

ただ…このノートの最後の空白になっているページの出来事はおぼろげながらも覚えています。

 

最後の自傷行為 オーバードーズ


それは別居中だった 元ダンナが家に来た日でした。

既に「離婚」ということも話が進んでいた頃。

多分口論か何かになったのだと思います。
詳しくは覚えていないのですが…

しかし、余りにも腹が立ってイライラした私は、当時飲んでいた眠剤から安定剤などを次々過剰服用(オーバードーズ)していきました。

元ダンナは口では「やめなよ」と言いながらも、それ以上のことはなかったような気がします。

30錠~50錠くらいは飲んだでしょうか。
勿論、致死量には程遠い量でしょう。

なので、暫くは放っておかれました。


しかし後から気持ち悪くなってきてしまい、その旨を訴えたところ、結局病院へ。

休日でしたが、元ダンナの車で近くの救急病院へ行きました。
「気持ち悪い」と言った後のことは殆ど覚えていません。

ぼんやりと意識が戻った時には処置室みたいなところに寝かされ、点滴を受けていました。

胃洗浄はなかったです。

簡易的なベッド(ストレッチャー)が妙に冷え冷えして寒い感じがしたことを記憶しています。


点滴は2時間程度かかったでしょうか。

その間、元ダンナは処置室の外で待っていたようです。

確か、待っている間、時間を持て余してしまったというような愚痴っぽい事を後から言われたような気がします。

なので、心配していたのかどうかは定かではありません。

「面倒なことやらかしてくれたな」

という程度にしか思わなかったのではないでしょうか。
それも もう想像の域でしかありませんが。

 

会社も休んで心療内科へ


この救急病院では今回の状況を書面にして渡されました。そして

「明日にでもこれを持ってかかりつけの病院を受診して下さい」

と言われたのです


実はこの明日というのが会社の健康診断だったんですけど…
仮病使って休みました;

元々、健康診断の時、服薬中の薬について問診票にどう書こうかな? とか思っていたので、受けなくて済むことにホッとしたところもありましたが。
(* 決して 健康診断を狙ってオーバードーズしたわけではありません)


で、いつもの心療内科へ。

預かってきた書面を見て、状況を察した先生。
何を言われたかは覚えてませんが、それまで4週おきだった診察が2週間後になりました。

危ないからお薬もいっぺんには出せない、ということだったのだと思います。
完全に様子見ですね。

この時も付き添いも何もなく、病院には一人で行きました。

私が覚えているのはそんな断片的なことくらいです。

 

途切れたうつノート。 そして思うこと


それから私の「うつノート」が綴られることはありませんでした。


綴る間もないくらい多忙になってしまったから、というのが大きな理由かと思いますが…

その多忙さは新たな生活に向けてのものだったので、それまでの生活との決別というところもあったのではないかと思います。

なので、ここから先のことは私の記憶を辿るしかありません。
かなり忘れていることも多いです。

今回、この「うつノート」を読み返してみて、改めて「ああ、こんなこともあったんだ」と思うことが少なくありませんでした。
このノートがあったお陰で、奇しくも うつ病一度目の時期を振り返ることができたわけです。


正直、読み返して辛くなったり、「もう 大丈夫」と思いながらも気持ちやテンションが落ちたりすることもありました。

でも、それは当時必死にもがいていた自分が居た証でもあるわけで…
今は良くも悪くも、こうして書き残してくれたあの頃の自分に感謝しています。